ジレンマの谷


 真の研究というものは、経済的、精神的面に拘束されず、ただ理論的に究明するものでなければならぬであろう。しかし私には そこまで撤し切れない弱さがある。前に引用した先輩達の言葉は、私には相当なブレーキとなってのしかかる。一方多くの後輩に 速記を指導する場合、いかにすれば短時日で完成させるか、もっと書きやすい符号はないかということが頭から離れない。私はこ こで大きなジレンマの谷に落ちるのである。
 私はその谷底でこう考える。さらに書きやすい符号があるとすれば、それを教えていくのこそ、「創案者に対する何よりの記念 碑であり謝恩塔で」はないだろうか、と。
 それがあらぬか、私は最初に第一図で掲げた森 卓明氏のウ列符号改変案の発表に当たって、森氏は次のように述べている。

 いつまでも不便を忍びつつ旧式の道具を使っていることは考えものであるから、どこまでも速記文字は速記する道具であるとい う見地に立って実用に即して徐々に改変を加え徐々に覚えやすく書きやすくその方式の簡単にして実用上最も適するようにしてい くということは何式を奉ずるものであるというイデオロギーにとらわれざる限りこれは我らの常に心して置くべきことであると思 う。


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