出会い
そもそも、速記法の評価は、主観的な感覚なども入ってくるものでもあり、非常
に難しいことであると思われる。
まず少なくとも言えることは、例えば初心者がいきなり速記方式 (≒速記流
派) を比較して、どの方式が優れているかを自身の感覚で判断することは、ほ
ぼ不可能であろうということである。
各速記方式同士を比較し、優劣等を判断する基準、感覚が全くないのだから、当
然ではある。
速記方式の優劣を判断するということは、ある程度、複数の速記方式の内容を知
り、比較、検討するといった過程を経なくてはあり得ない。
そして、仮に速記方式の優劣を多少なりとも判断できると自認 (あくまでも
「自認」 であり、各々の 「主観」 がまじることは至極当然なのである。) し
ていたとしても、自身の持論に基づく速記方式の優劣等々をおいそれと公言しづ
らいことも当然である。
「A式」 がいいとか 「B式」 がいいとか、仮にその人の意見、判断があった
としても、人それぞれで微妙に判断が異なり、主観もまじる上に、それをすすめ
られた学習者の命運を決定するような事項を扱うことにもなるのだから。
また、「A式」 がいいとか 「B式」 がいいとかといった 「意見、判断」 等
を表明することは、同じ世界に生きる速記人の間でも微妙な感情等々が交錯し合
う、デリケートな事項を扱うことにもなり得る。
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そんなこんなではあるが、速記学習に着手しようとしている人は、何らかの形で
いずれかの方式 (≒速記流派) を選択するといった 「出会い」 を通過し、
「出会い」 に任せるしかないといった面もそのまま存在している。
この場合、ある程度名が通っている、教材等が充実している、学習者が多い、さ
らに言えば実務家も多く輩出しているなどの事項にたくさん引っかかる速記方式
ならば、特に何の問題もないとも言えるし、それほどたくさんの事項に引っかか
らないような方式でも、きちんと確立された速記方式もあるとも言える。
というか、少なくとも現在でも行なわれている方式であって、独学用テキスト、
通信教育、もしくは学校等で教育がなされているような方式は、基本的に間違い
のないものばかりである。
結局、学習を開始するに当たっては、こういったあたりを各自で調べてみる、も
しくは速記に詳しい人や機関に尋ねるしかないとも言える。