複画・単画・折衷

さて、速記法にはさまざまな方式 (≒流派) があることは知る人も多いかと思 うが、こういった方式 (≒流派) による分類とは別に、「五十音の速記文字の 画数や線量が多いか少ないか」 といった意味で 「複画派 (ふっかくは)、単 画派 (たんかくは)、折衷派 (せっちゅうは)」 といった分類がなされるこ とがある。

例えば、以下のようになる。

○ 複画派 → 単画線 (=例えば一本の髪の毛のような文字) に円や楕円など が付属したような形状の比較的画数、線量の多い複画線 (=例えば数字の6の ような文字) が五十音速記文字の中の多くを占める。
 このような点から、複 画派の速記法は、少なくとも五十音速記文字だけに限って考えれば、ともすれば 速度性に若干問題があるのではないかと思われやすいのかもしれないが、用途次 第、運用次第では、安心感、安定感のある、確実で読み誤りの少ないような速記 法体系を構築し得るのも複画派ではないかと思われる。 こういった複画派の一 つの強みの前にあっては、単画派、折衷派は、ある意味、安心感、安定感といっ たものに欠けるとも言えるように思われる。

 (例) 田鎖式速記法(明治〜)  佃式速記法(明治〜)
     毛利式速記法(明治〜)  EPSEMS式速記法(平成〜)  


○ 単画派 → 五十音速記文字の各文字が単画線 (=例えば一本の髪の毛のよう な文字) であり、複画派のものと比較して、少なくとも五十音速記文字だけに 限って考えれば、画数、線量が少ないと言える。
 画数が少ないということは 「もろ刃の剣」 のような側面を持つということでもあり、「速く書く」 という 速記の目的の大事な要素を達成するためには 「よいことづくめ」 のように思わ れやすいのかもしれないが、片方で 「害」 を与える危険性をも持ち得る ・・・・・ つまり、画数、線量が少ないということは、異なる線同士を識別す るための識別要素が少ないということでもあり、実際に速記符号を書く際、線の 乱れによる読み誤りを招きやすいといったことを初め、若干安心感、安定感とい ったものに欠ける側面を持ち得るということでもある。 ただし勘違いしないで いただきたいのは、これは決して単画派に対する批判などではないということで あり、この点はよくご理解いただきたい。

 (例) 中根式速記法(大正〜)  衆議院式速記法(昭和〜)
     山根式速記法(昭和〜)  V式速記法(昭和〜)


○ 折衷派 → 折衷という言葉どおり、複画派と単画派の 「中間、折衷」 と言 うこともでき、単画派の速記法よりは単画線が少ないけれども、複画派の速記法 よりは単画線の割合が多い。
 なお、同じ折衷派に属する速記法とはいっても、 五十音速記符号に占める単画線と複画線の割合は方式によって異なったりする。
 ある意味、複画派と単画派の中間に位置する存在でもある折衷派は、複画派、 単画派の長短をあわせ持つとも言える。

 (例) 熊崎式速記法(明治〜)  早稲田式速記法(昭和〜)  
     モリタ式速記法(昭和〜)  参議院式速記法(昭和〜)

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上記でわかるように、 「五十音の速記文字の画数や線量が多いか少ないか」 と いったことも速記法の実際の運用面を構成する一つの要素に過ぎないが、一応、 速記法の一つの分類の仕方として 「複画派、単画派、折衷派」 といった分類法 が存在しているのである。

また、衆議院式が単画派であるのに対し、参議院式が折衷派であるという点も興 味深い点である。

衆議院式、参議院式ともに、当初は同じ田鎖式系統の複画派の速記法からスター トしているが、衆議院式は最終的には単画派で落ち着いているのに対し、参議院 式は一時、単画派としての参議院式速記法も教授されていたが、結局は折衷派で 落ち着いているという興味深い経緯がある。

このことは、各速記方式における 「五十音の速記文字の画数や線量が多いか少 ないか = 複画か単画か折衷か?」 といったことのみで速記法の速度面をも含 めた全体としての優劣を論ずることは早計であり、浅はかな分析となってしまう であろうことを語っているようにも思われる。