国語速記史大要
 
 第3節 方式翻案の態度
 速記可能論者はどのようにして方式の翻案を遂げたか。
その一例として、Lindsley“Elements of Tachygraphy”に対する「議事演説討論傍聴筆記新法」の翻案態度を検討すると、次のような対照が見られる。
 
1.原書において画線を扱った第1章及び 第5章は直訳された。
2.原書において英語を扱った第2章及び 画線と英語との関係を扱った第3章は意訳的傾向をとった。
 
 すなわち、原書に用いられている画線を、それの英語に対する関係と同じ状態において日本語に当てはめ、これらを原方式の英語におけると同じ法則によって連綴し、もって日本語の表記に用いたのである。つまり、分析的に日本語を把握し、後に音韻として説明されるに至った言語の形式的方面においてのみ、日本語と欧米語との類似点を見出したのである。
 
 もっとも、詳細に検討すると、次のような例外がある。
1.〔ユ〕=〔L〕とし〔Y〕としなかった。
2.〔フ〕=〔F〕とし〔H〕としなかった。
3.〔チ〕=〔TH〕とし〔CH〕としなかった。
4.〔ヂ〕=〔DH〕とし〔J〕としなかった。
5.〔ワ〕=〔TH〕とし〔W〕としなかった。
 
 しかし、リンズレー式において〔Y〕〔H〕〔CH〕〔J〕〔W〕は、複画線であり、〔L〕〔F〕〔TH〕〔DH〕などは日本語の表記に不要な線であった。速字をもってローマ字のように日本語を表記することは可能であるが、速記のためには字形に必要以上の複雑性を求めるには及ばない。したがって黒岩案が不必要に複雑な線を避け、それと関係ある線をもって代用しようとした態度は納得できそうである。考えようによっては、この点が素朴な翻案態度より一歩進んだものとも言えるわけである。
 
 言語のいかなる要素に対して画線のいかなる要素をもって応ずるかに関し、リンズー式は次のような態度をとっている。すなわち、父音は語における主要な要素であり、語における省くことのできない重要な部分を形づくる。これに対して母音は同じ語根が引き受ける意味のいろいろな相違を示す。かくのごとく、母音と父音との相違は極めて顕著であるからして、書き方においても正確な方式によってはっきりと区別されなければならない。この場合もしある父音は−のような線画によってあらわし、ある父音は○のような点画によってあらわすというようにこれらの記号を混用すれば、非常につたないやり方になる。しかも幸いなことに、両者の数がほぼ相応じているから、線画を父音をあらわすに用い、また点画を母音をあらわすに用いた、というのである。しかしながら、黒岩はこの部分の翻訳に当たって、ただその最後の文句に応じただけである。
 
 翻訳の問題は、詳論に進に従って、ますます困難な状態に陥っている。例えば母音について見ると、リンズレー式はでは18個の母音的要素を長短、唇奥、単複の区別により、線の使い方でも濃線、曲直、単複と照応させている。これに対し、その中で日本語に存在すると考えた母音に近い形のみを抜き出す黒岩案では〔ア〕〔イ〕〔ウ〕〔エ〕〔オ〕に使用される5個の画線の採用されるに至った理由を失ってしまう。この際黒岩はおのおのに当てられた画線の形を、その母音を発音するときの動作に結びつけ、これを発音状態の模写と解することにより、もって原書におけるこの部分の説明にかえた。黒岩のこのような態度は父音の説明においても見られるのである。
 
 黒岩が発音と画線との間に模写性を認めたこの解釈は、現在の考え方から見れば間違っている。しかし、西洋のものこそ正しいもの、真理をつかんだもの、絶対的なもの、永久不変のものと、万事につけて考えられた時代である。黒岩は原書を見てまずその音価と画線との絶対性を認め、それを過信した。黒岩は原書における画線とその音価との関係をとにかく尊重した。それだからこそ、原案の有する画線につき、その音価に必要以上の変化を加えることなく日本語の表記に利用しようとしたわけである。こういう行き方はローマ字による日本語の表記という問題とあわせ考えても、極めて隠当であり、そこには一種の必然性を認めることができる。ゆえに、これはただ黒岩案だけの翻案態度ではなく、既にその史料の失われている明治初期において速記可能論者のとった一般的翻案態度であったと、一応は推定できるわけである。
 
出典:武部良明著「国語速記史大要」(日本速記協会 昭和26年8月5日発行)
 
 
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