ガントレット式の紹介
 ガントレット式の発表は、田鎖系に満足しない速記者の速記方式研究意欲を刺激しました。
 「国語速記史大要」を紹介いたします。
 
 第2節 方式研究の機運
(前略)
 エドワード・ガントレットは明治32年11月「新式日本語速記術」全3巻をあらわし、続いて明治39年10月、書名は同じであるが、これを四六版280ページにまとめた。これには幸い森上富夫その他の優秀な後継者を得たため、ガントレット式は田鎖系と併存し得る最初の国語速記方式として、ようやく認められるに至ったものである。
 ガントレット式は、基本文字の構成についてみると、ピットマン式との間に次のような類似点が認められる。
 
〔カ〕=〔K〕、〔サ〕=〔S〕、〔タ〕=〔T〕、〔ナ〕=〔N〕、〔ハ〕=〔P〕、〔マ〕=〔M〕、〔ラ〕=〔R〕、〔ワ〕=〔W〕、〔シャ〕=〔SH〕、〔チャ〕=〔CH〕
 この場合、ガントレットは、ピットマン式に加えた変更の第一として、次の点を挙げている。
  文字の長短によりて母音を異にすること。
 即ち、ア列文字に母音符号「イ」に当たる小円をつけてイ列文字とする点は田鎖系とも似ているがア列文字を2倍にしてオ列文字とし、イ列文字を2倍にしてエ列文字とした点が異なるものである。
 ガントレット式はピットマン式に基づいて組み立てられたため、ピットマン式との間に種々の類似点を持っている。そのため「新式日本語速記術」下之巻第12章には「外国語記号」という章があり、ピットマン式を解説している。
 学習者もし英語速記法を完全に研究せんと欲せば、さらにこれがために夥多の時日と労力を費やさざるべかず。英国及び米国において発行せらるる許多の速記術中特にサー・アイザック・ピットマン氏の速記術を推薦せんと欲するなり。
 この点は、ピットマン自身の認めるところともなり、ガントレット式の英文の解説書“Japanese Phonography”は、ピットマン式外国語速記法の一種として、ロンドンの Sir Isaac Pitman & Sons Ltd. より出版された。これは海外で出された日本語速記方式解説書の最初とされている。
 明治中期にも、田鎖系に対抗する方式として黒岩 大の黒岩案、林甕臣の林式その他が出たが、いずれも実用には至らなかった。それに対し、ガントレット式が実務者を出したことは、方式研究の立場で1つの画時代的特色となるものである。ガントレットは国語の速記方式として田鎖系以外にも可能なことを証し、国語速記方式の新しい研究に緒を開いたわけである。
 
 第3節 方式構成の新方針
 50音表の中に長短の差を利用したことは、確かにガントレット式の特徴である。しかしながら、単に線の長短という点では既に田鎖系においても利用されていた。例えば、明治19年に出された若林玵蔵「速記法要訣」には、次のような書き方が載っている。
長音とは音を長く引きて呼ぶときに用うるものにして、即ちカーキークーケーコー等なり……父音と子音のキシチニヒミリビ等のときは、その符号全体を2倍の大きさとなし……と書くべし。  
 その意味で、ガントレット式と田鎖系との相違は、50音表の中に長大化を利用するか、長音にこれを利用するかに存する。それは用いる画線の体系の相違ではなく、画線の用い方の相違と考えられるものである。
 これに対し、ガントレット式においては次のような書き方があった。
1.同行累音法―同行に属する異音二字連接するときは、第二音の記号は唯該子音に相当する母音のみを第一音の記号に付するによりてあらわし得べし。
2.チクシ法―チクシの三音が一語の第二音なるときこれを省略する。
 即ち、基礎文字に母音文字を連綴すれば、その母音を含む列の音節のうちその基礎文字と同行の音節がその基礎文字に続く場合の二音文字となる。また、基礎文字に大円、小円、小カギを連綴すれば、それぞれチ、ク、シの音節がその基礎文字に続く場合の二音文字となる。従ってこれを利用すれば、田鎖系において一音節しかあらわさない線量でも、ガントレット式においては二音節をあらわす場合が存することになった。長短の差を利用したことそれ自身は単なる画線の入れかえにすぎないかもしれないが、そのために、従来一音節しかあらわさなかった形に二音節を当てることのできる場合、即ち同画倍音の可能な場合をそれだけ多くした。このことは略字をもって補わなければならない部分をそれだけ少なくすることになった。言いかえれば、50音表の中に単画文字を多くすることは、同画倍音の基礎として初めて効果が顕著となる。これがガントレット式に始まり、その後も長く方式研究方針の1つの流れをつくったのである。
 次に、ガントレット式には、異なる音に対し同じ線をもって応じてもよい場合が指摘されている。
1.次に示したる諸点はこれを省くも読みがたきことなし。(1)パ行文字の側に打ちたる円はこれら文字の一語の中間終わりにあるとき。(2)チャーチューチョージャージュージョーシャーシューショーの長音点。
2.正輪は次の場合に省略することを得。(1)マスの動詞記号の前。(2)テ及びタの前。
3.日本語にて促音は常に濁音及びナハマヤラワの前にあることなし。よってこの場合において記号を交差しあるいはこれを離して上方もしくは後方より書き始むること上の促音と同じ書き方をなすときは、これをもってンの音を示すものとす。
 即ち、語中においてはハ行文字もパ行文字も同じ形で差し支えない。拗音の一部は長音短音ともに同じ形で差し支えない。動詞の連用形のうちイ列はア列文字、エ列はオ列文字と同じ形で差し支えない。促音はその用いられる位置に関し制限があるため、その条件の備わらないときは同じ書き方を撥音に利用するというのである。このことは「俗語漢語または西洋語の分かちなく一言半句をも誤らずその国なまり言葉ぐせまでも耳に聞こゆるままに」書かんとする場合には、到底許されないことである。後にこの方針が修正されたとしても、異なる音を同じ画であらわす、即ち同画異音、というところまでには進まなかった。同画異音を可能ならしめたのは、速記態度が確立し、日本語の音韻研究が進んだからである。このやり方は有効な画線を有利に用いることができるため、この後も方式研究方針の1つとなったものである。
 最後に、ガントレット式には同じ音をあらわすに二種類の線の設けられている場合、即ち同音異画の場合があり、その選択の基準が次のように示されている。
1.鋭角をなせる書き方をもって鈍角をなせる書き方よりもすぐれりとす。
2.2つの曲線文字を結合するに二様の書き方あるとき、その同じ方向に回転するものをすぐれりとす。
3.前進方向は後退方向よりも速やかに書き得るものなり。
 田鎖系にも同音異画字として変体記号や転倒記号を設けた方式がある。しかしそれはおおむね「ずり」を解決するためであった。
その字、綴字線を漸次下方に垂れて次罫を犯し、ために運筆を妨げ、甚だしきに至りては二三罫を犯すの不便あるをもって、これが代用をなすにあり。(丸山平次郎「実験改良速記術独学)
 これに対し、ガントレット式ではその選択の基準が書記運動の難易に求められている。これは既にピットマンが指摘したことであり、その翻訳的紹介にすぎないが、これ以後の方式研究に書記運動の何位が取り上げられるきっかけになったものである。
出典:武部良明著「国語速記史大要」日本速記協会 昭和26年8月5日発行



エドワード・ガントレット(明治1年12月〜昭和31年7月29日)
 1868年(明治1年)12月、イギリス生まれ。明治23年来朝、千葉中学在職中、ピットマン式を基にして日本語速記法の研究を始め、明治32年11月「新式日本語速記術」(ガントレット式)として発表。各学校の英語教師として勤務の余暇、希望者に自式を教授したが、門弟中、実務者として知られた者に森上富夫、平田利文らがある。昭和16年5月、夫人恒子とともに帰化し、岸登烈と改名したと伝えられた。
出典:三角治助編「日本速記年表」日本速記協会 昭和27年9月23日発行
 
森上富夫(明治19年11月〜昭和9年11月20日)
 明治42年の第26議会より第39議会まで臨時雇い。大正7年1月19日技手任官。昭和7年12月19日退官。
出典:「日本速記五十年史」日本速記協会 昭和9年10月28日発行
 
ガントレット式関係文献
Edward Gauntlett「Phonographia Japonica Part T The Corresponding Style」三五・46 Kelly and Walsh 明治32年3月
Edward Gauntlett「Phonographia Japonica Part U The Reporting Style」三五・57 Kelly and Walsh 明治32年3月
Edward Gauntlett「Phonographia Japonica Part V Exampler and Exercises」三五・23 Kelly and Walsh 明治32年3月
エドワルド・ガントレット「新式日本語速記術(上巻・商業用之部)」三五・84 教文館 明治32年11月
エドワルド・ガントレット「新式日本語速記術(上之巻・例題及練習問題)」三五・23 教文館 明治32年11月
エドワルド・ガントレット「新式日本語速記術(下之巻・演説用之部)」三五・69 教文館 明治32年11月
エドワルド・ガントレット「新式日本語速記術」四六・234+46 地球堂書店 明治39年10月
森上富夫「ガントレット式日本語速記術」四六・191 ダイヤモンド社 昭和9年10月
出典:「日本速記百年記念誌」社団法人日本速記協会 昭和58年10月28日発行


ガントレット式 日本語速記術…〔前半〕  gauntlett_01.pdf (2,650Kb)

ガントレット式 日本語速記術…〔後半〕  gauntlett__02.pdf (1,292Kb)


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